"
このように、1980年代前半のイギリスには、主流のポップスではないものの、《社会的弱者》に転落していく若者についての歌がそれなりにあって、ある程度のポピュラリティも獲得していたように思います (少なくとも、こうして何曲か具体的に例示できるくらいはあるわけです)。そういうことを歌うことがよいことだとは必ずしも思っていませんし、社会的な実効性についても本当に《社会的弱者》に転落してしまった若者たちにメッセージが届いたかどうかはかなり怪しいところがあるとは思います。しかし、そういう題材を取り上げることがカッコいいことと見なされていたから、それなりの数の歌が作られたのだろうと思います。
日本におけるこの手の歌の不在について 働くおじさん の 2004/12/27 に、
良い悪いの問題というより、そっちのがカッコいいと思うんだけど。でもその「カッコよさ」がもうありえないものなのかもしれない。んなこたないか。
とあって、僕も大筋で同じような印象を日本のアートやポップにおける表現に受けています。ただ、「カッコよさ」がありえないのではなく、単純に不況や失業についてカッコよく語る語彙が無いだけではないかとも思うときがあります。もしくは、今カッコよく語ろうとすると、新自由主義的なシバキ主義な語彙ばかりとか。いや、おまえにハートブレイク☆オーバードライブ の 2004/12/29 とか読んでいると、やはり、そういう「カッコよさ」はもうありえないものなのかもしれません。「そんなこと歌っている時間があったらバイトする」という感じで。
"